慶州玉山書院は、朝鮮時代の性理学者である晦斎イ・オンジョクを称えるための場所です。イ・オンジョクの学問は退渓イ・ファンに受け継がれ、嶺南学派性理説の先駆けとなりました。
宣祖5年(1572)に慶州府尹イ・ジェミンが初めて建て、翌年王から「玉山」の名を賜り賜額書院となりました。勉学の空間である求仁堂が前に、祭祀を行う体仁廟が後ろにある前学後廟式の配置に従っています。求仁堂は憲宗5年(1839)に火災で焼失した後、再建された切妻屋根の建物です。そのほかにも正門の亦楽門、2階建ての無辺楼、学生の寮である東斎の敏求斎・西斎の闇修斎など複数の建物があります。
玉山書院は朝鮮後期、興宣大院君の書院撤廃令の中でも生き残った47の賜額書院のひとつで、そのおかげでイ・オンジョクの著書はもちろん、歴代名士の書と多様な文集など貴重な書籍が今日までよく保存されています。こうした歴史的・文化的価値が認められ、2019年に「韓国の書院」としてユネスコ世界文化遺産に登録されました。