ソウル風納洞土城は、百済漢城期に土で築かれた平地城で、船の形をしているのが特徴です。
現在は漢江に接する西側の城壁が流失し約2.7kmのみ残っていますが、もともとは総周囲3.7km規模だったと推定されます。これは高句麗の国内城や新羅の月城よりも大きく壮大な規模です。初期の城壁の高さは10.8mで、2度の増築を経て最大13.3mに達する大規模な城に拡張されたといいます。
1925年の乙丑年大洪水の際、上流階級の遺物である青銅鐎斗や帯飾りなどが出土し、この場所が河南慰礼城に比定され、1936年に朝鮮古跡第27号に指定された後、1963年に国家指定文化財(史跡)に指定されました。
都市開発が既に進んだ地域の真ん中に、これほどの規模の古代城壁が残っていること自体が驚きですが、城壁の上に作られた散策路を歩くと、百済王都の威容を足元から感じ取ることができます。